プログラムノート

W.A.モーツァルト:ピアノソナタ8番 Kv.310 イ短調

1777年の秋、20才を過ぎたモーツァルトは母アンナ・マリアと共にザルツブルクを発ち、ミュンヘン、アウグスブルグ、マンハイムを通りパリへと向かいます。この旅の目的はスポンサーを探す事でしたが、そこでは大きな悲しみが待ち受けていました。パリではモーツァルトは全く歓迎されず、仕事がなくお金に困り、父レオポルドから届く逆上した手紙の数々に悩まされ、その上、母の死が若いモーツァルトに襲いかかります。

このソナタは1778年にパリで作曲されています。モーツァルトの18曲のピアノソナタの中で単調で書かれているものはこのKv.310とKv.457のみです。このイ短調ソナタは悲しみの中で孤独と戦うモーツァルトが残した悲劇的な作品です。

モーツァルトのほとんどの作品が長調で書かれている中、Kv.310のこのイ短調ソナタは「母の死」、「ドン・ジョヴァンニ」(ニ短調)は「父の死」、「レクイエム」(ニ短調)は「自分の死」として関連されています。

パリへたどり着く前、モーツァルトは当時音楽活動の中心であったマンハイムでオーケストラに関心を抱きます。その影響を受けたのか、このソナタはオーケストラのようにシンフォニックに書かれています。あともう一つモーツァルトへの関心を与えた出来事はアウグスブルグでクラヴィーア製作者のヨハン・アンドレアス・シュタインとの出逢いです。当時シュタイン製の最新式のハンマーフリューゲルのダンパーは膝で操作するものではなく、足で踏むペダルでした。試演したモーツァルトはきっと驚いたと思います。今までよりも強弱のダイナミックレンジが広がり、彼の作曲の可能性が広がりました。このソナタにもffとppが交互に表れます。ffとppはベートーベンが好んだデュナーミク(強弱法)ですがモーツァルトにとっては非常に珍しいものです。

モーツァルトは人生で二度パリへ訪れています。一度目の旅は幼い頃で父レオポルドへ連れられてパリへ行き「神童」としてもてはやされます。二度目の旅があまりにも悲惨で苦しかったのか、その後パリの土を踏むことはありませんでした。

シューマン:「森の情景」作品82

ドイツ人は散歩好きです。森はどの都市でも身近なものとしてあり、散歩は日常になっています。ドイツ人にとって森は生きていく中でなくてはならない存在です。ドイツ人の自然に対する考え方は彼らの生き方に反映されているように思います。昔からゲルマン民族は「森の民」と呼ばれていますが、彼らにとって森とは尊重に値するものであって、恐れをいだきながらも豊かな恵みを与えてくれる偉大な存在でもありました。森は自然そのものであり、人間がリスペクトを持って他の生き物と暮らす場所。自然を愛し、共存するということに対してドイツ人は特別な思いをもっているように思えます。

「森のロマン」はシューマンだけに限らず一般的なドイツ人も強い憧れを持っており、たくさんの芸術家達が森をテーマにした絵画、詩、音楽を残しています。

シューマンはこの「森の情景」を通して森の神秘さ、小さな命に対する愛情、狩人達の誇り、森の景観などを表現しています。

シューマンの作曲は作品1から作品23までがすべてピアノ独奏です。クララと結ばれる1840年、「歌の年」ではとりつかれたように歌の作曲に熱中します。その後41年は「交響曲の年」、42年は「室内楽の年」で1848年までの間ほとんどピアノ曲を作曲していません。そのシューマンが突然ふと生み出した作品が「森の情景」です。

シューマンは33才で持病の精神病が悪化していき、30半ばでは一旦作曲ができない状態に陥ります。数年経って小康状態を取り戻しますが、1847年5月に長男の死、11月には盟友メンデルスゾーンの死の影響で再び悪化し、自殺未遂への道へと彼の精神が追いやられます。

この「森の情景」は精神疾患に苦しむシューマンが一時的に見た幻想です。若くて元気な時期に見られるシューマンの幻想の世界とは少し違い、痛々しい繊細な印象を受けます。情熱に溢れたドイツロマン派の尖端をくぐり抜けているシューマンの姿ではなく、精神が枯れ果てた状態の中で、かすかに見える希望のような作品に感じられます。

1. Eintritt 「森の入り口」

ドイツの森へ馬車で入っていきます。主題は左手から右手へと一緒に分け合いながら進んでいきます。右手がコトコトと馬車の音を立てながら森に入るまでの風景が見られます。

2. Jäger auf der Lauer 「待ち伏せる狩人」

まだ朝が明けていない暗いうちに狩人が木陰で獲物を待っています。恐ろしい静けさの中で銃を標的に当てて息を止めています。その後にくるのが狩人達のファンファーレです。トランペットやホルンが森の中で響き渡ります。狩人達が馬に乗って森の中に入っていく姿も見られます。

3. Einsame Blumen 「寂しい花」

私がとても大切にしている一曲です。ハイネの詩の世界のようにシューマンは野原に咲く素朴な花たちと会話ができました。この世のものとは思えないほど美しく繊細に書かれています。いたわるように優しく、寂しい花に話しかけるシューマンがいます。

4. Verrufene Stelle 「気味の悪い場所」

この曲頭にはE.ヘッベルの詩がモットーとして付されています。

「花達は光の届かない森の中で高く伸びているが、ここでは死の如く青白い。その中で一輪だけ紅色が真ん中に立っている。それは太陽からきたものではなく、大地からのもの。・・・それは人の血を吸ったからなのだ。」 この曲は一瞬J.S.バッハかと思わされます。この曲は死と繋がっています。複付点音符がざわざわある中で不気味によろめく亡霊が立っているような世界なのですが、とても深みのある一曲です。

5. Freundliche Landschaft「懐かしい風景」

暗くて恐ろしい世界から抜け出して、全く別世界へ入ります。そこでは太陽は暖かく、微風が吹き渡り、生き生きと小さな生き物達が転がって遊んでいます。「懐かしい風景」というよりは「親しみやすい風景」です。

6. Herberge「宿屋」

狩人達が森の中で見つけた宿で、宿の主人と家族が狩りから戻って来た狩人達と一緒になってワイワイと狩りの話で盛り上がっています。この曲集は主題とするモティーフはないのですがこの曲だけなぜか5曲目の冒頭の16分音符モティーフが使われます。狩人が見た小さな動物の話でもしているのでしょうかね。

7. Vogel als Prophet 「予言の鳥」

シューマンの残したピアノ曲の中でも最も知られている一曲です。これほど奇妙な響きの曲はないでしょう。最初に聴いた時には驚きました。それはロマン派の音楽ではなく、未来を先取りした音楽への予言に聴こえたからです。夜、深い森の奥で「予言鳥」が(奇妙な不協和音のアルペジオの中で)鳴いています。そしてアルペジオ達の間には無音の森の静寂が存在しそこにシューマンの霊感が漂います。中間部には許しを請う人間的なコラールが教会の中で静かに鳴り響きます。

8. Jagdlied 「狩りの歌」

この曲集の中で最も健康的な曲です。メンデルスゾーンの無言歌の中の「狩りの歌」を思わすような活気に満ちた曲です。勇ましさを象徴する変ホ長調で書かれており、トランペットとホルンが和音連打しながらぐんぐんと前進していきます。それは狩人であることの誇りを象徴するかのように音楽が生き生きと彼らの喜びを表現しています。この曲がこの時期にシューマンの頭の中で響いていたことを嬉しく思わずにはいられません。

9. Abschied 「別れ」

死が必ず存在するのと同じく別れは必ず訪れます。別れがあるからこそ、今、生かされていることに感謝できる自分がいます。この音楽は辛い悲しい時でも諦めず前に向かって生きていく事の大切さを教えてくれます。シューマンの世界にしか存在しない美しい幻想の世界と現実に満ちた人間的な感情が見事に混ざり合って究極の世界を描いています。この曲集の最後の曲の最後のメロディーが解決されず天に登るところは見事です。

「森の情景」の9曲はシューマン自身が意識していたのかいないのかシンメトリカルに書かれています。1曲目の「森の入り口」と9曲目の「別れ」、2曲目の「待ち伏せる狩人」と8曲目の「狩りの歌」、3曲目の「寂しい花」と7曲目の「予言の鳥」、4曲目の「気味の悪い場所」と6曲目の「宿屋」、5曲目の「懐かしい風景」が軸となっていてそれぞれの曲に共通点が見られます。そしてすべて9曲が♭を使った音調で書かれています。それはいかにも「森」を意識した温かく深みのある音調ですべてを包み込んでいるように思います。

セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953) 「シンデレラ」作品102

私が3年近く通っていたロシア、サンクトペテルブルク音楽院の道を挟んだ向こう側にはマリンスキー劇場がありました。一昔前まで「キロフ劇場」と呼ばれていたマリンスキー劇場では「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」、「スペードの女王」、「ボリス・ゴドゥノフ」など数多くのバレエやオペラが初演されました。

いつも寒い練習室の窓から劇場を眺め、感動の思いに耽っていました。じっと劇場を見つめているとなんだか自分が時間を越えてその歴史的瞬間の中にいるような気持ちになるからです。それは音楽院の階段を登る瞬間でもありました。同じ階段をチャイコフスキー、プロコフィエフ、ショスタコヴィッチが登ったと思うだけで緊張と感動でワクワクしました。

私はロシアへ行ってからバレエのとりこになりました。迫力と技があるボリショイバレエも好きですが、チャイコフスキーの時代の振り付けを大切にしているキロフバレエの繊細な振り付けに高い芸術性を感じ、その魅力に惹かれました。週に何度もバレエを観に劇場に足を運びました。同じ「白鳥の湖」でも毎回新しい発見がありました。

この「シンデレラ」はプロコフィエフが作曲したバレエ音楽です。プロコフィエフ自身によって4つの管弦楽組曲と3つのピアノ独奏用組曲が作曲されており、踊りの要素に満たされたこの作品102は不思議とあまり演奏される機会がありません。

1.「シンデレラと王子のワルツ」Allegretto

深い森の中、遠くから見えてくる城をバックにオープニングが始まります。幕が上がりシンデレラの登場、意地悪なお姉さん達に継母、シンデレラのあこがれの王子の登場、不吉な時計の音、地下でドレスを作るねずみ達が登場します。

2.「シンデレラのヴァリエーション」 Allegro grazioso

シンデレラの日常生活。ほうきで床を掃除しながら退屈している彼女がいたり、ひとりぼっちで考え事をしていています。

3.「争い」Moderato-Allegro irato

意地悪なお姉さん2人と継母が主役で、服の取り合いなど喧嘩をしながら舞踏会に行く用意をしている様子が現れています。

4.ワルツ〜(舞踏会に急ぐシンデレラ)Allegro espressivo

とても暗いドロドロとしたロマンティックなハーモニーの中で大きくゆったりと踊られるワルツです。オーケストラでは様々な楽器が使われており、音程が外れた管楽器にハープとトライアングルといったような音が聴こえてきます。

5.ヴェイル・ダンス (パ・ド・シャ)Allegretto

パ・ド・シャとはバレエ用語の一つで、訳すと猫(シャ)のステップ。前後に足を揃えたポジションから片足で横方向へジャンプして、空中で両足が膝を曲げて出会った後、前後の足が入れ替わって着地した時には綺麗にまた足が揃っているステップです。とてもユニークな踊りから始まり、中間部からは少し力強い、ぶっきらぼうな鐘の音の連打と共にマーチ風で滑稽なダンスが続きます。

6.「愛をこめて」Moderato dolce-Andante

このバレエ曲のメインテーマです。最初にこの曲を聴いた時にプロコフィエフが書いた「ロミオとジュリエット」を想像させられました。若いジュリエットとロミオの

出会い、そして死。純粋で激しい愛。とても共通点があります。この最後に登場する曲は、美しい幻想的な曲です。祈りのようなコラール風なオープニングに続くシンデレラと王子のデュエット。お互いの愛が絡み合うようにして冷たい夜空の中に消え去っていきます。

アルベルト・ヒナステラ (1916-1983) ピアノソナタ 第一番 作品22

ヒナステラの音楽はとてもナチュラルに書かれていると思います。10本の指を見事に使いこなしてピアニスティックに書かれる曲が多いのですが、その事よりなによりも表現方法がとてもストレートで独特なリズムや旋律に惹かれます。アルゼンチン生まれのヒナステラは、南米のバルトークとも呼ばれていて、幼い頃から民族音楽の中で育ち、民族主義に根ざした作品を残しました。全部で55曲の作品を残しましたが、それらは3期に分けられます。1937年-1947年までの10年間は「客観的民族主義」で、アルゼンチンの風景やそこに住む人々を音楽にしています。1947年からの10年間は「主観的民族主義」で、アルゼンチンの題材は間接的、または抽象的に扱われています。1958年以降は「新表現主義」に入り、民族主義から離れ、十二音技法、セリエル音楽、無調の世界へと繋がっていきます。

このピアノソナタは1952年に作曲されています。古典的なソナタ形式で書かれているかと思えば第三楽章では十二音技法が使われています。とても興味深いヒナステラ独自の表現方法は、リズム感に溢れた和音の平行移動、 三度重音、クラスター、そしてなによりもマランボのリズム(アルゼンチンのカウボーイ、ガウチョが踊る野性的なダンス。6/8拍子)とギターの音が彼の音楽の特徴です。馬の足の動きを表した踊りであったり、 田園的な美しいメロディーなどとても多彩に作曲されています。

 

美季